親バカデザイン考(2) : ポスト、手紙を出す

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前に「アプリで出来て嬉しいことと出来なくていいこと」という記事を書いた。子どもとiPhoneアプリでオセロをしてみたら色々「うーん」と思って、リアルのオセロを買いに行った、という話です。

現在うちの子どもは娘が6歳、息子が2歳になりますが、子どもと一緒に過ごしていると「へー」という視点に気付かされたり、何か工作しているのを見て(親なら皆よくあるように)「天才じゃないか?」と思わされることがあります。そういう話をこのシリーズとして書いてみたいと思います。
ちゃんと「シリーズ」に続くかわからないけど、いくつか覚えてる話があるので、写真などを見て思い出しながら書く予定です。

シリーズタイトルはちょっと気に入らないので、あとで変えるかもしれない。

オセロの回の続きなので(2)からいきます。

年明けからブログを毎日書こうと思ったけど、無理だった。中2日くらいにします。(言い訳多め)

冒頭の写真は、写真の日付によると2013年10月、なので娘が4歳とすこしの頃の「手紙を出している」写真です。

娘が居間に置かれた封筒を手にとって「出してきてあげる」というので、どこ行くんだろ、ポストのある通りまで一人で行けないよね? と思ったら、家の玄関ポスト(受け取り口)から手紙を出そうとしていた、と。

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「あれ、なんか引っかかってんな・・?」みたいな、真剣に。

かわいいですね。はい。

(※実際はこの写真は「今のかわいいからもう一回やって」と言って撮った親バカ写真)

うちの玄関ポストは、外からみるとこういう感じの、壁に投入口が付いているタイプで、

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かつ室内側(受け取り口)は、穴が開いてるだけというか、「差し出し口にも見えなくもない」形なので、娘のそういう行動を誘ったのだと思います。

郵便屋さんが手紙を届けてくる口に、逆から入れれば手紙が出せるというのは、ドラえもん的というか、「そうでも良かったかも」的な、素敵な勘違いだと思います。親バカ的にいえば、ウチの娘じゃなくて今のポストや郵便事情が間違ってるんじゃないの!?みたいな。まあ、そんなことないけど。

僕が仕事でUXデザインを考えたり、企画の提案をするときにも、この「そうでも良かったかも」的な方法を採ることがあります。
そうでも良かったというか「もしかしたら、そうだったかもしれない」という感じです。こう書くとドリフの「もしもコーナー」(古い)のように、「もしも・・だったら」という、「空想的なドリーム提案」をしてそうですが、そういうことでもない(つもり)です。

デザインなどを考えるときには、現状や市場を分析して、課題やチャンスを見つけ、それに対する解決策やアプローチを考えて・・・というのが基本形であると思うのですが、考えるときは、必ずそう順番通りにいくわけではないですよね。また少なくとも考えたことを説明(提案)するときには、必ずしも「その順番」でなくても良いと思っています。
もちろんその順番が「共通言語」として理解を得やすい場合が多いのだけど、その反面で提案が「まあ、そうでしょうね」と想定通りで退屈なものに聞こえてしまう場合もあるので(しっかりと課題を解いている場合でも)。

それはもったいないので、順番はさておき、ちょっとした勘違いが起こった「ほんのちょっとだけズレたパラレルワールド」のようなものとして、「そうだったかもしれない姿」を描いてみる。そうすると、ああ今悩んでいるアノ問題もコノ問題も、どっちも解決できてちゃってるんじゃないですか?・・・みたいに、ワクワクしてきたり、「ていうか、なんで今こうなってないんだっけ!?」くらいの気分になってもらえることもあると思います。

ちょっと具体例がないので、うまく説明できてない感じしますが。

その辺りはまた次回に。

前述の「ちょっとだけズレたパラレルワールド」といえば、藤子・F・不二雄先生のSF(すこしふしぎ)短編シリーズですが、こちらにも収録されている「ふたりぼっち」がおすすめです。

藤子・F・不二雄大全集 少年SF短編 / 1


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